AIの時代に、開発者向けのツールの立ち位置を変えなければと思っている

個人で開発しているブラウザ拡張「Accessibility Visualizer」のバージョン7.0.0をさきほどリリースした。技術書典20で発表した「Accessibility Visualizerの本」を書いていて気になっていたiframeで動かない問題を解消したり、キーボード操作の様子をビジュアライズする機能を付けたりした。

Accessibility Visualizerはもともとすべて自分自身でコードを書いていたが、今ではすっかりClaude Codeで、つまりAIが大半のコードを書いている。自分でコードを書くのは、数行程度の変更だったり見た目を細かく調整したいときだったり、言葉で説明するより自分がやったほうが早いというときだけだ。今回のiframeの件などは自分でやろうとするとそれなりに大変そうで、それゆえ長らく放置してきたものなのだが、Claude Codeは数分で仕上げてきた。

ここ1年ほどですっかりAIによるコーディングは普通のものとなって、プログラマーの仕事はすっかり変化したように思う。コードは書くものではなく、AIが仕上げてくるものになった。「X」という名前がすっかり定着しようとしているTwitterにいるソフトウェア開発者たちは、みんなAIの話ばかりをしている。

自分が「アクセシビリティ」の話をするとき、2024年までは追い風が吹いているように感じていた。TwitterにはWebのデザインやコーディングのテクニックの話をしている人たちがたくさんいた。アクセシビリティもその中のトピックにあった。すくなくとも「学ぶべきもの」としての認識は広がりつつあったように思う。自分はそのテクニックも書かれた本を出した一方で、テクニックばかりが注目されることを警戒して、その根幹にある技術要素であるWAI-ARIAについての解説記事をいくつか書いたりしていた。その頃には勢いがあった。

そういう勢いはAIに吸い取られてしまったのだろうか。2026年のいま、アクセシビリティの話をしても、なかなか聞いてもらえないんじゃないか、という危惧がどうしても拭えずにいる。技術書典でアクセシビリティの本を出したら2年前に作った本でもまだ数十冊売れる状況なのだから、ただの杞憂だと信じたい。しかしAIの話をしている人たちは、もう振り向いてもくれないのではないかと思わずにいられずにいる。

すくなくとも、伝え方はアップデートしていかなければいけないだろう。これまでは、HTMLを書く人やHTMLを吐き出すコードを書く人向けにアクセシビリティの話をするときは、すべてを自身で書いていく前提の伝え方をしていた。「こういうときは、こういうふうに書きましょう」という伝え方だった。Accessibility Visualizerは、それができたかどうかを確かめるためのツールだった。しかしこれはたぶんAIの時代にはもうそぐわないのではないだろうか。

これからは、そういったコーディングは、AIが生成したコード、それによってレンダリングされたHTMLによる画面を評価して問題点を指摘していく作業になっていくだろう。そのときにアクセシビリティの視点も入っていれば、AIの力によって迅速に問題を解消できるようになるだろうし、その蓄積によってこれまで以上の速度で良いものを作っていけるだろう。問題をしっかりと把握して、それを説明することをサポートする、言語化に役立つ存在として、Accessibility Visualizerも他のツールも捉えていく、あるいはそういうときのための使い方を広めていく必要があるのだろう。

これまでのスタンスは「HTMLを学べ」だった。だが、これは自分自身でコードを書かなくなると、「良い状態とは何かを学べ」になるのかもしれない。これまでの規範のある世界からするとふんわりしたものではあるが、より実際のユーザーの感じ方に近いところで考えるべきという意味では悪くないのかもしれない。

もちろんここまでの話は、コーディングのレベルでのアクセシビリティについての話である。そもそも企画そのものがインクルーシブであるべきとか、いわゆる「上流」の設計でどこまで考慮するべきかなどは、コーディングほどAIによるゲームチェンジが起きていないように感じる。そちらはそちらで、伝え方や進め方を考えていかなければいけないと感じる。